自宅から小学校までバス通学をしていた。いつも決まって東岡崎駅で乗り換える。通っている小学校は岡崎市内のいろいろなところから児童がやってくる。その児童が一堂に集まってくるターミナル――
それこそが東岡崎駅のバスターミナルである。その児童が各方面からこのバスターミナルへやってきて、小学校へ向かう9番のりばのバスへと一斉に乗る。すると、ときにぼくたちは満員のためにバスに乗れなくなる。
「それじゃあみんなで走ろう。信号が多いからきっとバスを追い越せるはずだ」
クラスメイトはそう言う。
「うん、やってみよう」 と全速力で走ることになった。
バスが東岡崎駅をバックで出ていくのを横目に(2027年には再開発によってバックしなくなる。なんだか寂しい。)、バスターミナルを飛び出し小学校へ向けて全力疾走をする。小さい体たちは並走する車の流れの脇を、風を切って疾走している。なんだか爽快感というか眩しささえ感じる。
ときに信号待ちで止まっているバスを追い越し、バスよりも早く次の停留所に着くこともあった。まるで小さい体に翼が生えたようだった――。
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ぼくはいま26歳だが、ぼくにはもうひとりのぼくがいるらしい。ぼくはもうひとりのぼくを「発達くん」と呼ぶことにした。
この発達くんは7歳半の男の子のようだ。26歳のぼくと実に19歳かけ離れている。発達くんは7歳半で時が止まっている。冒頭に書いたあのシーンのまま――
なぜあのシーンでぼくの発達くんの時が止まっているか。発達くんは成長しないのだろうか。ぼくにはその答えはわからない。でも、ぼくはこの「発達くん」というもうひとりのぼくと付き合わなければならない。なぜならぼくの無意識のうちにふいに出てくるからだ。
答えは出ないかもしれないけれど、考えられる範囲で考えてみよう。
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7歳半のぼくは、なにをしていて、毎日はどんな気分だったのだろう――
ぼくは当時の写真を発達くんに見せながら、発達くんと、それと同時に26歳のぼくも19年前のできごとを思い返していた。
毎日大好きなバスに乗り、小学校まで登下校。まっすぐ家に帰ることはなく、同級生へお宅訪問にいそしんでいた。学校では毎日走り回っていた。普通なら先生に怒られるはずだが、あのころは怒られた記憶がない。水たまりに入っては服を汚し、休日には公園や岡崎城などをめぐっている。
「7歳半のぼくはどうだった?」と、心のなかの発達くんに尋ねてみる。
そう聞くと、ぼくも、ぼくの発達くんも、全会一致で同じ答えが出た。
「あのころは楽しかった。もしかしたらあのころが一番幸せだったかもしれない」と。
発達くんが7歳半で時が止まっている理由がよくわかった。そんな気がした。
発達くんは幸せ絶頂期だった、あのピュアな姿の7歳半のぼくそのものだった。そして、発達くんは時が止まったまま19年という歳月、ぼくの心の奥深くでぼくと同居していたのだ。ぼくは発達くんの存在に最近まで気がついていなかった。
けれど、自分じゃない誰かがいるような気が薄々していた。そんな違和感を覚えつつも、7歳半からの数年間は、普通に発達くんとの「同居生活」を送っていたのだと思い返している。
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けれども、時間はそこで止まったままではいられなかった――。
ぼくが12歳になって少し経ったとき、ぼくと発達くんとのずれはひらきはじめた。
7歳半と11歳は変わっているようでそんなに変わらない。そうぼくは思っている。
「少しおにいちゃんぽくなったかな」
「背は伸びたかな」
というくらいで、体つきもまるまるしているし、そんなに変わらない。
でも、7歳半と12歳は大きく変わる。なぜなら、すべての子供が絶対に通らなければいけない「大人への階段」がはじまるからだ。
それによって7歳半で時が止まった発達くんとぼくの間で、どんどんいろんなことがずれていくのだ。
いったいどうずれていったのか、そしてぼくはいつ「発達くん」の存在に気づき始めるのか――
次回の連載から少しずつひもといてみたいと思う。
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追伸
今思うと、以前書いたおはなし「東大生と小学生の脳内シェアハウス――発達凹凸さんの頭の中」の小学生はもしかしたら「発達くん」のことなのかもしれない、とぼくは思っている。
このおはなしを読んだあと、あわせて読んでみるとなんとなく読者のかたもわかるかもしれない。ぜひ、読んでみてください。

