わが家に訪問看護が入ることになった。看護師さんが来て薬をセットしてくれるのはイメージがついたのだが、ひとつ謎だったのが週に2回やってくる「作業療法(OT)」の時間だ。実は僕は以前、精神科に3ヶ月ほど入院していたことがある。そのため「作業療法」と聞くと、病棟でやった気乗りのしないぬり絵の時間を思い出してしまい、「家でもまた、あの乗り気になれないぬり絵をさせられるのだろうか」と少し身構えていた。
けれど、実際にやってきた作業療法士の先生との時間は、僕の予想とはまったく違っていた。ぬり絵の道具が出てくる気配など微塵もなく、始まったのは先生との「おしゃべり」だった。しかもその内容が、なんだかとても深い。どこか哲学的で、言葉の端々に不思議な奥深さがあるのだ。僕はただ耳を傾けているだけなのだが、正直に明かすと、お話の内容をすべて理解できているわけではない。言葉は右の耳から入って、そのまま左の耳へとスッと流れていってしまう。
それでも、その「右から左へ流れていく時間」が、なぜかとても心地いい。理解しきれていないはずなのに、確かに深みを感じる。そしてその揺らぎの中に身を置いていると、「これって、僕がこれからエッセイを書くために必要な何かを教えてもらっているのではないか」という気がしてきた。会話とは、意味を完全に解き明かすことだけではない。その場の空気感や自分の中に湧く感覚に身を委ねること自体が、文章を紡ぐ大切なヒントになっていると感じたのだ。
これからの季節、外の空気も少しずつ深まっていく。次の作業療法では先生と一緒に近所を散歩し、秋の豊かな色合いを感じながら、またあの「右から左へ流れていく、少し深いお話」に耳を傾けられたらいいなと思っている。
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今日はぼくの公式サイトの公開準備のため、夜中から明け方まで大人のみなさんの協力のもと準備をすすめてきました。ゆえに、記事の公開が朝4時となってしまいました⋯⋯。
フォローしてくれているみなさん、朝早くにすみません⋯⋯
今日は以前公開した第4回の連載の考察みたいなものを公開しています。
https://note.com/typingtakuankun/n/n69732f621f6a
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